2025/01/25 11:30


「ひとりの時間」は大切だ。


多くの人にとって当り前の日常である “人とのふれあい”の連続。


その日常が、

心を、身体(感覚)を、

徐々に侵略していく。


世界一の精神力の持ち主でもない限り、抗うことは出来ない。


心地よく受け入れ、共存を望むエリアには限りがある。

ゆっくりと押し寄せるその波は、いつの間にか城壁の縁にまで手を伸ばし、

遠慮なく、そして悪気もなく、

自分の大切な内側に流れ込んでくる。


周りからの侵攻は止まらない。


例えそれが、最大限の受容と愛の塊である家族であっても、

“侵攻”であることにかわりはない。



その侵攻をリセットするには、「ひとりの時間」が必要だ。


みんなは、その時間を持てているだろうか?

仕事の顔、親の顔、友人との顔、他の人と接するときのどの役割の顔でもない、

自分の顔の時間


この時間は、知っている人がいない空間にいるのが良い。

本当は誰もいない方が望ましいけど、

難しいなら自分が気にならない程度に、適度に人との距離を保てる所。

あと、出来れば屋外。

緑や土、自然を感じられる場所。


音楽を聴いたり、読書をしたり、好きなことをすればいいけど、

望むべきは、何もしない、何も考えない。


周りの人工的な情報に触れないようにする方が、

きっと心地よく侵攻を退けられる。


「ひとりの時間」。