2026/02/15 09:22

僕たちが生きるこの世界は「有限」
人間ゲームが行われる
この三次元世界には全てにおいて限りがある
精神世界はどうだかわからない
この世に本当に持続可能なものはあるのだろうか?
物理学的な「永遠」という意味では「No」だけど
人間社会や生命の「循環」という意味では
「Yes」を目指すことが可能という見解がある
けれども、それは
宇宙という舞台、プラットフォーム(フィールド)が
安定して続いているという前提の上に成り立っていると僕は思う
その確証はない
そんな「有限」の世界が終わりに近づいたとき
全てが終わるとき
人は何かに”価値”というものを見出せるんだろうか?
物理的なもので言えば
いかに希少なものでも
それを手にしたところでどうにもならない
意味がない
残念ながらそんな気持ちになるんじゃないかと思う
僕たちが何かに価値を感じるのは
それが「未来」や「他者」と繋がっているから
“富や宝物”は、それを使って何かを買えるあるいは誰かに誇れるという
「未来の交換可能性」があるから価値があるし
“芸術や知識”は、誰かが受け取り感動してくれるという
「他者への伝播」があるから価値がある
もし「終わり」が確定し、未来も他者も消失するなら
その瞬間に”価値のネットワーク”が途切れてしまう
ダイヤモンドもただの石ころ、名画もただの紙切れに見えるのは
それ自体に価値があるのではなく
「価値を認めてくれる社会」が消えるから
それでも残るものは?
「損得や所有」を完全に超越した次元での価値を
何かを「手にする」価値ではなく
「ただ、そこに在る」ことへの驚きのようなものを
「不足」しても「所有」できなくても
その瞬間にだけ成立する価値を
そんなものを見つけることは出来るだろうか?
